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引っ越し。

海まで歩いて行ける。
うれしい。12922391_2175048243_83large.jpg
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引っ越します

しばらく更新できません。

写真を撮るということ

先日、ある大規模な写真展に行ってきました。

500以上のブース、ひとりひとりの写真家が、4.5枚の写真を飾ってあり、それぞれにフォトブックなどが置いてありました。

わたしは、大好きな写真家、イケダ サトルさんIkeda Satoru Photo Siteの写真を見に行ったのです。

入り口を入って、見たこともない数の写真に、圧倒されました。

でも、すぐに、イケダ サトルさんの写真が目につきました。光ってた。

ご本人にお会いできて、握手までしていただきました。あ、このお人柄で、この写真なんだ、と。
あったかかった。

すべてのブースの写真を見ました。

それぞれに、迫力があり、魅力があり・・・

見終えて、わたしは、会場の外で、泣いたのです。

今まで、このブログでも、たくさんの写真をのせてきて、でも、わたしの「写真」って、いったいなんだったんだろう。

写真を撮ることなんて、簡単だ。シャッターを押す、それだけ。

でも、なんらかの動機があるはずだ。

「自分が感じたことを、伝えたい」「誰かに、その一瞬を伝えたい」・・

真を、写す。

自分が、「写真を撮ることが好き」であることは変わりないけれど、もう、ひとにそう言うことはできない気がします。
そして、自分が撮った写真を、誰かに見てもらうことも。

ずっと悩んでいて、苦しい。

何年も何年も、好きだったこと。

「記録を残す」ことはできる。

でも、それだけでは・・・

しばらくは、息子の写真以外、撮らない、撮れないでしょう。
息子は、私にだけ、見せてくれる笑顔があり、日常があり、一瞬がある。
それを、残して、大事にしたい。

だけど、そらや花、印象に残った風景。
わたし以外の、誰に興味があるのか。

前に一回、写真が撮れなくなったことがある。

入院時代に親しく、とても親しくしていた友人が、自死したときだ。

カメラを手にすることなんて、思いもつかなかった。

今も、そういう気持ち。
喪失感。

けれど、鬱による、短期記憶障害がある私は、写真、という形で、思い出せることも多い。
こうして、文章にしておかないと、とめどなくすべてが流れて行ってしまう。

そして、こうやって書いている文章も、まったく文才などないのだ。

いったい、わたしは、なにをしているのか。

今まで、なにをしてきたのか。

自問自答を重ねる。こたえは、でない。

くるん。

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ベランダにいつの間にか、芽生えた植物。

くるん、と蔓をつけて。

あさ。

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日差しは、これから。
プロフィール

kazeoto220

Author:kazeoto220
はじめまして。

あなたが、ただいまをいうところは、ありますか?

写真を撮るのが好きな、風音(かぜおと)と申します。

日常の、小さな風景を、綴っていきたいと思っています。

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